寺内タケシとブルージーンズについて

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寺内タケシとブルージーンズについて

寺内タケシとブルージーンズについて

寺内タケシとブルージーンズは1962年に寺内タケシをリーダー、
ほりまさゆきをボーカルに結成されたロカビリーバンドです。

その後、事務所との音楽性の違いや事務所の経営悪化を機に渡辺プロダクションに買収される形で移籍、「シャボン玉ホリデー」や「ザ・ヒットパレード」に出演し大ブレイクしました。

寺内はメンバーの事故をきっかけに管楽器無しでメンバーを入れ替え、さらにはエレキバンド化を決意しました。

寺内タケシはフェンダーから6弦ベースを取り寄せ、ヤマハに自身が大学時代に書いた設計図を持ち込んで日本初の電気ピアノを開発させ、自前のPAやエコーマシーンを用い、加瀬邦彦らを迎えて1964年頃には日本初のエレキバンドとなりました。

エレキバンドとなったブルージーンズは1964年には新宿厚生年金会館で初のコンサートを開きますが、前座はなんとベンチャーズとアストロノウツ。 さらに翌年、この3バンドにザ・スパイダースを加えた4バンドで競演、それをうけて日本中にエレキブームが興りました。

この頃寺内タケシは世界三大ギタリストに選出されたり、エド・サリバン・ショーから出演依頼きていました。

寺内タケシとブルージーンズは1966年に来日したザ・ビートルズの前座を務めますが、直前に加瀬が脱退、さらに寺内タケシが過労で療養のためにビートルズ来日を前に脱退することになりました。

このときは安達勝が参加して凌ぎましたが、それ以降第ブルージーンズは空中分解してしまい、田川譲司をリーダーにしたムード歌謡グループに変わってしまいました。

寺内タケシは復帰後バニーズを結成しましたが、音楽性の違いから結局脱退してしまい、結局メンバーを集めて新生ブルージーンズの結成に踏み切りました。

1970年になると音楽シーンはフォークソング、ニューミュージック、ムード歌謡が主流となり、数多くあったエレキバンドもブルージーンズ以外はほとんど解散してしまいました。

孤軍奮闘の寺内を慕いグループサウンズ時代を担った若者達が集まってきていました。そして寺内は1970年10月1日にブルージーンズのメンバーを一新、その後もメンバーの入れ替えを繰り返し、現在に至っています。

■現在のメンバー
寺内タケシ(リードギター)
中村真也(サイドギター)
杉田孝弘(ベース)
信田和雄(キーボード)
村松充昭(キーボード)
松森英雄(ドラムス)
岩澤あゆみ(バンドシンガー)

以上簡単ではございますが寺内タケシとブルージーンズのご紹介でした。
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